LOGIN「……本当です」
若葉は、彼の顔を見られないまま答えた。 「朝は別のアルバイトしとるんです。でも、それだけやと生活できんから、今の家事代行もやっていて。私、学歴もなくて、人間関係も苦手で、就職先、見つからなくて……だから今の仕事を切られたら、家賃も払えるかどうか……」 言葉にすると、ますます現実味が増していった。 「あ、その、あの……すみません、そんなん聞かされてもって感じですね。色々迷惑かけて、本当申し訳ないです」 「いや、僕が聞いたんだ。謝らないで」 彼が答えたとき、店の扉の前から声が聞こえた。 「ルナ、ごめん、レバーお願いできるかー? 混んできて、さっちゃんがまた腰やっちゃいそうでーす」 男性の声に、彼が扉の方を振り向いた。 「あぁ、すみません、今行きます!」 あの人、隣の焼き鳥屋の常連なんだ――苦笑しながらそう続けた彼に、若葉は瞬きを繰り返す。 ――ルナ。 愛称だろうか。若葉にとって、その名前は、これまで出会ったどの男性の名前とも違う、珍しい響きに感じた。 「若葉さん。ひとまず時計は僕がここで預かるよ。修理するかどうかも含めて、改めてまた話しに来れる?」 「あ……はい。ありがとうございます」 若葉は頭を下げた。そのとき、前掛けを締め直すルナを見て、ハッとする。そういえば、若葉がここにきたとき、彼は隣の焼き鳥屋から出てきたことを思い出した。焼き鳥屋で働いている途中で若葉を見つけて、わざわざ閉店後の時計修理屋を開けてくれたのだ。これ以上、仕事を邪魔するわけにはいかない。 「私、帰ります」 「待って」 ルナに手を掴まれ、若葉の肩が跳ねる。 「ごめん、びっくりさせて。けど、すごく顔色が悪い」 「……大丈夫です、帰れます」 そう言いながらも、ルナの手が離れると若葉の足元がふらついた。 尾木の件で摩耗したというのもあるが、ここのところ、ろくに食事もとれていなかった。自宅のテーブルに転がっていた、賞味期限のきれた昆布のおにぎりを、今朝一つ食べた。それが最後の食事だ。おにぎりは恐らく二人暮らしの母が、夜職の客にでももらったのだと思う。母は昆布が嫌いだ。だから、食べても昔から怒ってこないのだ。 「少しだけでも休んでいったら? 隣の焼き鳥屋、僕のバアちゃんの店なんだ」 若葉は首を横に振る。財布にはほんの少しの現金しかない。給料日まであと数日、これでやりくりしなければならない。 「無理には引き留めないけど、帰り道で倒れる方が大変じゃないか」 「そ、それは……けど、お金が……」 「あ、あぁ。そっか。うん、じゃあ知り合いにでも紹介してくれよ、この時計修理屋のこと。最近客足が少なくて、僕も正直困ってるんだ。宣伝費、焼き鳥で先払いってことで」 ルナが朗らかな声で言った。疑心暗鬼だった。この世にこんな親切な人がいるのかと。それでも、彼の笑顔を疑うよりは、彼に騙されたほうがマシだと思ってしまう。 ルナが時計修理マロンの扉に鍵をかける。 若葉はルナについて、隣の『やきとり幸吉(こうきち)』へ入った。 店内にはカウンター席と、奥に小さなテーブル席があった。先ほどルナを呼んだ男性客がカウンターに腰かけている。その奥で、皿を運んでいた年配の女性が、若葉を見た。 「あら。いらっしゃい。はじめまして」 「…………あ、あの」 お客が注文を告げる声に、皿の触れ合う音、焼き場から立つ煙。どこを見ればいいのか分からず、若葉は入口で足を止めた。 「ふふ、こっち。奥、おいで」 女性は若葉を急かさず、空いている席を手で示した。その声を頼りに、若葉はようやく一歩踏み出した。 「バアちゃん、腰、平気か? 彼女、マロンに来てくれた若葉さん。まだ夕飯食べてないんだ。僕、焼き場に戻るから案内してあげて」 女性は頷き、カウンターの端の椅子を引いた。 「若葉ちゃんね。私は、幸子っていいます。一応、このお店の女将させてもらってます。そこの壁がお品書き。なんでも好きなもの頼みなさい。まぁ、焼いた鳥しかないけどね」 そう言った後、キャッキャと独特な引き笑いをしたと思えば、顔を歪めて腰を押さえた幸子。近くにいた常連らしき客が、幸子に声をかける。 「あぁほら、さっちゃん。無理すんなって」 「平気、平気。何年この店やってると思ってるの」 「あの、幸子さん。ありがとうございます。でも、あの……私お金なくて……」 「そう。それじゃあ、あの子、私の孫なんだけど、お金の代わりにあの子の店の宣伝でもしてくれる? なかなか、厳しいのよ」 先ほどルナに言われたことと全く同じことを言われ、驚いた。 幸子はそれ以上なにも言わず、湯気の立つ茶を置いて仕事に戻った。若葉は両手で湯呑みを包んだ。その温かさに触れて、自分の指先が冷えきっていたことに気づく。 + + + 幸子が焼き鳥の皿を置いた。若葉は一本手に取り、小さくかじる。 「……熱っ」 思わず口を開けた。けれど、焦げ目の香ばしさと肉の旨みが舌に残り、飲み込むと次の串に手が伸びた。 若葉の目の前にある串入れに、串が四本ほど溜まった頃だった。 「どう? 味」 「凄い、おいしいです……本当に」 嘘をついていると思われたくなくて言わなかったが、これまでの人生で口にしたものの中で間違いなく、一番おいしい食べ物だった。 「私の腰が悪くなって、だんだん孫に手伝わせることになっちゃってね。夢だった時計修理屋になれたのに、串回す方が上手になっちゃって」 「串回す方が上手いってのは、ルナ坊に失礼だろ」 隣の客が、がははと豪快に笑う。 「なんか言いましたー?」 焼き場の煙に紛れてルナの顔はよく見えない。それでも、こちらを振り向いて言ったのは分かった。 尾木の家を飛び出してから、ずっと腕時計と仕事のことしか考えられなかった。焼き鳥をおいしいと思える自分も不思議だった。そして、人に囲まれて怖くないのは、ひどく珍しいことだった。 若葉は、そっと目を伏せる。 「夢、見とるようで……私、絶対、今日のこと忘れられへん。ほんまに、ありがとうございます」 「そんなおおげさな。ところで若葉ちゃん、話し方が少し西の言葉だね。西の人?」 「あっ。えと……私は関東育ちです。ただ、母が淡路島の人間で、家でずっとこんな感じやったから」 そのとき、近くでテーブルを拭いていた幸子の動きが止まる。串入れを持ち上げたまま、その手はぴくりともしなかった。 若葉が顔を上げると、幸子が真っすぐこちらを見ていた。さっきまでの笑顔が消えている。 「…………淡路島?」 「はい」 若葉が答えても、幸子は串入れをもとの位置に戻さなかった。やきとり幸吉で翌日の約束をしたあと、若葉は家へ帰った。 築六十五年を超える平屋の市営住宅。建て付けの悪い玄関の扉を開けると、母である居内菜ノ葉(いうち・なのは)の姿が真っ先に目に入った。夜の仕事へ出る支度をしていた母は、若葉の顔を見るなり、三面鏡の前から声を飛ばしてきた。「返事、まだもろてへんけど。あんた今月の生活費、どうなってるん」 玄関を上がり、床にいくつも転がるごみ袋をかき分けながら、部屋の奥へ進む。若葉はリュックの肩紐を握った。中では、求人誌が折れ曲がっている。「あの……家事代行、契約を切られました。せやから、今月はいつもより……」「はあ? 切られた? あんた、また何したん」「お、お客さんの私物のことで……でも、私が壊したわけやなくて」「そんなん今聞いてへん。お金の話をしとるの」 母は鼻を鳴らし、鏡に向き直った。口紅を乱雑に取り出し、唇に当てた途端、芯が折れる。母は舌打ちした。「働いても、働いても、こんな安もんばっかり。ほんまに、どうかしとるわ」 若葉は、生活費についてそれ以上説明できなかった。 何と言えば、母の怒りを少しでも和らげられるだろう。 昨日、尾木が嘘を認めたことを話したところで、失った仕事は戻らない。「あ、明日、焼き鳥屋さんで……一日だけ、手伝わせてもらえることになっとる」「一日だけ? それでいくらになるん」「まだ、そこまでは……」「何でもええからお金入れて。あたしは今夜も働きに行くんやで」 若葉は足元のごみの山に目を落とし、「はい」とだけ答えた。 母は女手一つで若葉を育てるため、長いあいだ夜の仕事を続けている。以前、若葉も母に勧められ、同じように時給の高い夜の仕事に挑戦したことがある。しかし、客商売が苦手で続かなかった。母がそれを忘れているはずはない。 焼き鳥屋以外の仕事も探し続ける、と伝えようとしたとき、母が先に口を開いた。「元旦那にはシゴかれるわ、娘はまともに働けもしないわ。あたしばっかり、いつまで――」 母は言いかけて、化粧の手をふっと止めた。 しばらく黙り込んだあと、手にしていたビューラーを突然、若葉めがけて投げつけた。「きゃっ……!」 思わず小さな悲鳴が漏れる。ビューラーは若葉には当たらず、足元のごみ袋に当たって床に転がった。「ぜんぶ、海老原のせいで……!」 母の怒鳴り声が、狭い
駅のトイレ清掃を終えた若葉は、更衣室でスマートフォンを開いた。 パウパウからの連絡だった。尾木からの苦情を受け、登録契約を終了するという。覚悟していたはずなのに、画面の文字を二度読み返した。 その下には、母からの短いメッセージもある。 ――今月の生活費は? 若葉は返事を打てなかった。朝の清掃だけでは、必要な額に届かない。 帰りに駅のラックから求人誌を三冊取り、何度も使い回して底が破れかけた紙袋に、さっと入れた。ページを開く前から、応募先に電話をかける自分を想像して胃が縮む。けれど探さなければ、母にも何も答えられない。 言葉の代わりに出てくるのはいつだって溜息ばかりだ。若葉は今日で三度目の溜息をついた。 昼過ぎ、若葉は時計修理マロンを訪ねた。昨夜預けた腕時計について、また話しに来ると店主のルナと約束していた。 ガラスのドアを開けると、ルナが作業台に向かっていた。片目にルーペを当て、小さな部品を見つめている。若葉が声をかける前に気づいた彼は、道具を置いて顔を上げた。「若葉さん。こんにちは」「こんにちは。お仕事中すみません……」「いや。うん、大丈夫。区切りのいいところだったから」 ルナは作業台の上を片づけ、昨日の腕時計をトレーごと取り出した。若葉はその手元を見る。「この時計には、まだ修理の手は入れてない。これからどう扱うかちゃんと決めないとね」「はい……何回も、お手間かけてしもうて……」「また話そうって言ったのは僕だよ」 ふっと笑ってきたルナと目が合わせられない。 腕時計のことを考えるには、尾木ともう一度連絡を取る必要がある。しかし、パウパウとの契約を切られた今、若葉と尾木はもう他人同士だ。個人的に連絡を取るべきかどうかさえ、自分では決められなかった。 だから今日はまず、パウパウとの契約が終わったことを話すつもりで来た。それなのに、『仕事を失いました』と切り出せない。ルナの顔を見るほど、どう伝えればいいのか分からなくなり、思考の糸がこんがらがっていく。「私の時計やないのに、ずっと持っとるわけにもいかんし……」「うん。昨日、あの人は『くれてやる』って言ってたけど、怒っていたときの言葉だからね。返してほしくなるかもしれない。それで考えたんだけど、あの人から連絡が来るまで、ひとまず店で預かろうと思うんだけど、それでも平気?」「えっ、
「……本当です」 若葉は、彼の顔を見られないまま答えた。「朝は別のアルバイトしとるんです。でも、それだけやと生活できんから、今の家事代行もやっていて。私、学歴もなくて、人間関係も苦手で、就職先、見つからなくて……だから今の仕事を切られたら、家賃も払えるかどうか……」 言葉にすると、ますます現実味が増していった。「あ、その、あの……すみません、そんなん聞かされてもって感じですね。色々迷惑かけて、本当申し訳ないです」「いや、僕が聞いたんだ。謝らないで」 彼が答えたとき、店の扉の前から声が聞こえた。「ルナ、ごめん、レバーお願いできるかー? 混んできて、さっちゃんがまた腰やっちゃいそうでーす」 男性の声に、彼が扉の方を振り向いた。「あぁ、すみません、今行きます!」 あの人、隣の焼き鳥屋の常連なんだ――苦笑しながらそう続けた彼に、若葉は瞬きを繰り返す。 ――ルナ。 愛称だろうか。若葉にとって、その名前は、これまで出会ったどの男性の名前とも違う、珍しい響きに感じた。「若葉さん。ひとまず時計は僕がここで預かるよ。修理するかどうかも含めて、改めてまた話しに来れる?」「あ……はい。ありがとうございます」 若葉は頭を下げた。そのとき、前掛けを締め直すルナを見て、ハッとする。そういえば、若葉がここにきたとき、彼は隣の焼き鳥屋から出てきたことを思い出した。焼き鳥屋で働いている途中で若葉を見つけて、わざわざ閉店後の時計修理屋を開けてくれたのだ。これ以上、仕事を邪魔するわけにはいかない。「私、帰ります」「待って」 ルナに手を掴まれ、若葉の肩が跳ねる。「ごめん、びっくりさせて。けど、すごく顔色が悪い」「……大丈夫です、帰れます」 そう言いながらも、ルナの手が離れると若葉の足元がふらついた。 尾木の件で摩耗したというのもあるが、ここのところ、ろくに食事もとれていなかった。自宅のテーブルに転がっていた、賞味期限のきれた昆布のおにぎりを、今朝一つ食べた。それが最後の食事だ。おにぎりは恐らく二人暮らしの母が、夜職の客にでももらったのだと思う。母は昆布が嫌いだ。だから、食べても昔から怒ってこないのだ。「少しだけでも休んでいったら? 隣の焼き鳥屋、僕のバアちゃんの店なんだ」 若葉は首を横に振る。財布にはほんの少しの現金しかない。給料日まであと数日、これでやり
――お客さんか? まさか。 今日も集客ゼロ・売上ゼロ。ここのところ続いていた帳簿のゼロを思い出し、ルナは疑い半分で口を開いた。「時計修理屋なら、僕だけど」 ルナがそう言うと、店の前にしゃがみ込んでいた女性が顔を上げた。肘と膝の辺りが汚れている。転んだのかもしれない。「い、今すぐ、お願いできませんか……! 壊してしまったんです!」 緊迫した声を上げ、近づいてきた両手の中に腕時計があった。彼女はそれを差し出そうとして、途中で手を止める。指が震えていた。「あー、えっと、うん。じゃ、まず見せて。店、開けるよ」 ルナは焼き鳥屋の前掛けを外し、隣の時計修理マロンの鍵を開けた。手を洗ってから作業灯を点ける。小さなトレーを差し出すと、彼女はそこに腕時計をそっと置いた。 作業用のマットの上へ移し、預かった時計を覗き込んだ。大きな文字盤の内側に、もう一つ、小さな文字盤がある。確かに不具合があるようで、その小さな方の針は動いていない。しかし、彼女が息を整えるのを待つ間に、長針はしっかりと時を刻んでいた。「これ、全部がダメになっているわけではないな。メインの時刻を示す針は動いてる。見る限り具合がわるいのは、インダイヤルだけみたいだな」「インダイヤル……?」「ああ、これね。この小さな文字盤のこと。例えばここに海外の時間を設定すると、日本にいながら、特定の国の時間がすぐ把握できる、ってやつ」 彼女は時計を覗き込み、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。「そこだけやったら、すぐ直せますか」「それはまだ分からない。中を見ないと、何が原因か言えないから」 ルナは時計を傷つけないよう台に伏せ、裏蓋の縁に工具を掛ける。手応えを確かめながら、少しずつ蓋を開いていった。 期待させてから落としたようで申し訳なかったが、少し確認しただけで結論を出すほうが無責任だ。恐らく一点物らしき意匠の時計だ。部品の手配が必要になるかもまだ分からない。「…………」 裏蓋が開き、ルナの手が僅かに止まった。 作業をしながら口を開く。彼女は、この腕時計を壊した、と言っていたが、どうして壊れたのだろうか。「一体どうしたの」 この腕時計に何が起きたのかを尋ねたつもりだった。「こっ、これ、私のやないんです。家事代行のお客さんので……掃除しとったら落として……もう、えらく怒らせてしもうて、
居内若葉(いうち・わかば)が朝五時から駅のトイレを磨いているのは、このアルバイトが好きだからではない。 中学二年生の途中から教室へ行けなくなった。卒業後も進学せず、履歴書の学歴欄には中学校の名前が一つあるだけ。人と話す仕事はうまく続かなかった。二十二歳になった今、若葉が確実にできると言えるのは、汚れを落とすことくらいだった。 ――うわ、こびりついとる。力入れな、落としきれんなぁこの汚れは……。 便器の状態を見ただけで、洗浄するために最適なブラシを選べるようになった。働き始めたころは吐き気がした臭いにも、今は顔をしかめなくなった。なにもかも、若葉にとっては不本意に身についた技術だった。 それでも、この仕事が来月もあるとは限らない。 早朝トイレ清掃だけでは暮らしていけず、家事代行サービスの派遣会社『パウパウ』に登録して、日中はそこのアルバイトをしていた。けれどパウパウにも、次に客から苦情が入れば登録を打ち切る、と先週告げられたばかりだ。 最後の個室を出た若葉は、手袋を外して時刻を確かめた。家事代行の現場へ向かう電車に遅れるわけにはいかない。 特に、今日の派遣先は、尾木健三(おぎ・けんぞう)の家だからだ。 尾木は七十五歳で、広い家に一人で暮らしている。若葉が担当したのはまだ数回だが、そのたびにパウパウへ苦情が入った。掃除の順番が気に入らない。物の置き方が違う。挨拶の声が小さい。 パウパウ側は若葉の話など、ほとんど聞かなかった。 ――尾木さんから、また連絡があったけど。いい加減にしてもらえます? 次やらかしたら、契約終了にさせてもらいますので。 電話口で言われた担当者の言葉を思い出す度、動悸が走る。 尾木に怒鳴られるのも怖い。だが、尾木からパウパウへ電話が一本入れば、仕事そのものがなくなる。そのほうがずっと怖かった。 + + + 玄関を開けた尾木は、若葉の顔を見るなり眉を寄せた。 「来たか、女。今日は前みたいな雑な仕事してくれるな」 「はい。気ぃつけます」 「はっ、相変わらずその訛り、なんとかならんのか。ここは横浜だぞ」 若葉は、すみません、とだけ呟き、靴を揃え、持参した道具を手に取った。 床を拭き、洗面台を磨く。尾木はときどき部屋へ入ってきて、若葉の手元を見た。何か言われるたびに返事をして、